練習

練習の為の練習

よく指導者の世界では【練習の為の練習にならないように】ということが話題になる

たしかにそう思う

練習は試合で必要な技術を身につけることが目的だから

でもそもそも練習の為の練習であっていいんじゃないか

その練習に試合で必要な能力を身につける効力があるなら練習の為の練習でもいいんじゃないか

たぶん多くの人は受け入れられない

でもたぶん、本質はそういうこと

その練習のメニューを本気で挑めば、試合で必要な技術が身に付く

それも立派な練習の為の練習なんだろう

伸び代

本質

とても残酷で受け入れ難いがかなり納得したことがある

〝やる気のあるやつは危ない〟

この言葉の真意は頑張って努力してきてこの程度…

確かに、言葉の通りであることが多いのではないか

指導者の観点からすると、努力している姿勢や頑張っているという意欲のあるものを評価したい気持ちになる

これは指導者あるある、いや、日本人ではあるあるなのではないだろうか

これも凝り固まった概念の一つなのではないかとハッとさせられた

そこまで熱量があり努力を続けていないのにも関わらず、努力しまくってきた選手達と同じ土俵に立っているのだとすれば伸び代があるのは努力していない選手なのではないだろうか

そしてその努力してこなかったこの伸び代のある選手を【話を聞かない生意気なやつ】として消してしまわないように発掘すること、努力のできる人間に育てていくことが指導者の役割なのではないだろうか。

標準装備

標準装備

サッカーにおいて何が必要であるか

どんな戦術や、技術が必要であるか

この話はよく指導者間、選手からも質問される

しかし、まずは身体能力を最低限の基準まで引き上げることは必須だ

ベンチプレスもバーが上がらない

20分走るとバテる

とかそういう次元で質問してくる

まずは、運動をする為に必要な能力をつけてくることは一種の【マナー】ではないだろうか

サッカーが上手くなりたいという意志を表明するという【マナー】

目的と手段

努力するって素晴らしい

この言葉は危険だ

努力することが目的になりかねない

日本人は過程を美徳とする習性がある

たぶんその方が楽だから…

結果を残していなくても、〝努力〟したことが美しくなれば責められることはない

たしかに過程を美徳にした方が楽だ

過程が大切ではないとは言っていない

もちろん過程はものすごく大事だ

なぜその成功が生まれたのか

再現性を高めるためにも過程は重要である

しかし、手段が目的化されていることをよく見かける

日本人の危険な習性が一つ

【休むのが下手】

そしてこれは部活でも如実に現れている

【練習をすること】が目的となってしまっているケースが多い

練習は【上手くなる手段】であることを忘れてはいけない

日本の文化

年功序列

日本の文化として年功序列がある

まあ海外でも目上の人を敬う、尊敬すると言う文化はあるが日本は特にそれが強い

例え、優秀ではない人間にも敬意を払う(フリをする技術が高い)

高校サッカーは特殊なもので3年間で終わる為、先輩を試合に出すことにこだわりのあるチームもあるのではないか。

スポーツは逆であることの方が自然なのではないだろうか

スポーツで〝若い〟ということは言い換えれば〝伸び代〟

この高校サッカーという環境で難しい課題の一つでもあるのかもしれない

サッカーとは

サッカーはチェスのよう

サッカーはスペースをどのように使うか

ここに尽きるスポーツだ

もちろん技術や戦術が大切なのは言うまでもないがスペースの攻略やゲームの攻略に直結する

スペースをどのように使い、どうのように制限するか。

数多の選択肢からその答えを探っていく

その選択肢はほとんど無限に存在し、その選択肢の多さこそがサッカーの魅力とも言える

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